再不斬さん、お誕生日おめでとう小話。

　目が覚めると、程よく冷房が効いていた。
　傍にあるはずの小さな温もりが感じられず、ゆっくりと身を起こして頭を掻いた。
　あくびをかみ殺し、周りを見渡すがその姿は無い。
　微かな甘い匂いを感じながら、立ち上がり、寝室を出て台所に向かった。
「おはようございます。」
　にこりと8ヵ月程前に拾った、ガキは笑った。
　さらりとした肩までの黒髪は、後ろにひとつに束ねられ、少し大きめの前掛けをして踏み台に立っている。
　まな板の上には先ほど焼きあがったであろう、出汁巻卵が乗っていた。
「あぁ。」
「もう少しで朝食が出来上がりますから。」
　とんとんと、均一にまな板の出汁巻卵を切ると、ガキは皿の上に盛った。
　俺は椅子に腰かけると、甘い匂いの正体を探す。
　出汁巻卵の匂いではない…。
「？」
　不思議な表情を浮かべて、ガキは俺の前に出汁巻卵とみそ汁を置いた。
「何か変ですか？」
　次いで茶碗を持ち、炊き立ての飯を炊飯器からしゃもじで盛っていく。
　薄い湯気を立てるそれをテーブルに置き、ガキは俺の隣に座った。
「いや、なんでもねえ。」
　ガキはにっこりと笑うと手を合わせて俺を見上げる。
　少々腑に落ちないが、冷めた飯ほどまずいものはないので、俺は手を合わせる。
「いただきます。」
　元気にガキは手を合わせて挨拶をすると、味噌汁を啜る。
　その姿を横目で見ながら、俺も味噌汁を啜った。
　美味い。
　こいつは初めて飯を作らせたときから、あまり失敗なく作る。
『再不斬さんの教えて下さった通りに作りましたから。』
　と、以前褒めた際に笑顔で応えたが、俺以上に腕が良い。
　このまま、他の部分も俺以上に腕が立つようになれば…。
「再不斬さん？」
　ガキが心配そうな顔をして俺の名を呼ぶ。
「箸が進んでいませんが…嫌いな物がありましたか？」
　どうやら考え込んで俺は固まっていたらしい。
「何でもねえよ。」
　そっけなく答え、いつも通りに箸を動かすと、ガキはふふっと笑い、箸を動かし始めた。
　可憐な花のような笑み。
　男だと訊いていたが、最近、益々その顔は美しさを増している。
　ちらりと俺はガキを見下ろす。
　色白の腕が、着物から伸びて出汁巻卵を箸で掴むと、ふとガキは俺を見上げた。
「再不斬さん、本当に大丈夫ですか？」
　大きな茶色の瞳に俺が映る。
　薄い膜でも張ったかのように、澄んだ目だ。
「何か…気になることでも？」
　ガキは小首を傾げ、自分の茶碗に出汁巻卵を置いた。
　俺は茶碗を静かに置くと、口を開く。
「気になる匂いがしてな…。」
　ガキは首を更に傾けながら俺を見上げる。
「甘い、匂いがする。」
　その言葉に、ガキは急に顔を赤らめた。
　今度は俺が首を傾げ、眉間に皺を寄せて片眉を上げる。
「おい、白…。」
「い、いつから…気づいてました？」
　とんとテーブルに白は茶碗を置くと、唇を尖らせ俯く。
「…目が覚めたときからだが…。」
　白は更に顔を赤くすると、立ち上がり冷蔵庫の前に立つ。
　ぱかりとそれを開くと、一つ、皿を取り出して俺の前に置いた。
「驚かせようと思っていたのですが…。」
　皿の上には、とろりとした生クリームがかかったパンケーキが2枚。
　生クリームの上とパンケーキの間には切った白桃のコンポートが乗っている。
「お誕生日おめでとうございます。」
　唐突にそう言われ、俺は白を見上げる。
　誰からも聞いたことのない言葉。
「生まれてきてくれて、ありがとうございます。」
　にこりと白は微笑み、続けて俺にそう告げた。
　何故か、じわりと胸の奥が温かくなる。
　感じたこともない温もりに、俺は戸惑うが、それを面には出さなかった。
「まだ、こんなものしか作れませんが…。」
　照れ臭そうに笑う白の頭に手を置くと、そのままゆっくりと撫でた。
「再不斬さん…。」
　白は嬉しそうに目を閉じた。
　俺はそっと手を放すと、目の前のパンケーキと朝食を見比べる。
「白、飯を食べてから、そいつを食うから冷やしておけ。」
「はい。」
　生まれて初めての誕生日祝いを仕舞う白の後姿を見つめ、俺は少し顔の力を抜いた。


　
　再不斬さん、お誕生日おめでとうございます！
　もう、本当に生まれてきてくれてありがとうございます！
　白には敵いませんが、大好きですよ！
　

[3回]